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弟子の襲名楽しみに…闘病力尽き円楽さん逝く

 29日に76歳で亡くなった落語家の三遊亭円楽さん。

 テレビに積極的に進出してお茶の間の人気を集め、落語界の「顔」として広く親しまれた人だった。来春には弟子の楽太郎さん(59)が六代目円楽を襲名する予定で、「新しい円楽が誕生するのを見たい」と闘病生活を続けていたが、ついに力尽きた。

 腎臓病を長く患っていた円楽さんは、2005年に脳こうそくで倒れて活動休止に。懸命のリハビリで復帰を果たしたが、07年2月に国立演芸場で「芝浜」を口演後、引退を表明。ファンに大きな衝撃を与えた。同年11月には胃がんであることを告白、その後肺がんを併発していた。

 長男の寛家さん(44)によると、円楽さんは今年5月に肺がんが再発、9月に入院した。脳こうそくも再発し、半身不随となった。その後、入退院を繰り返し、「最期は家で過ごしたい」と今月23日に退院。自宅近くの寛家さん宅で療養を続けていた。NHK大河ドラマ「天地人」や野球の米大リーグ中継を見るのを楽しみにしていたという。だが、26日夕から容体が悪化。食事が取れなくなり、最期は眠るように息を引き取った。

 車いすでも楽に移動できるよう、自宅の玄関と門の間の段差にエレベーターを設置する工事をしており、寛家さんは「今日それが完成したところでした」と残念そうに語った。

 東京・浅草の「助六寺」こと易行院の9人兄弟の四男として生まれた。前座時代から早稲田大学の講堂で独演会を開くなど、その精力的な活動は落語界の耳目を集めた。29歳という若さで真打ちに昇進。順風満帆の落語家人生を歩んだ。

 芸風は骨太で男性的。早くからスケールの大きな落語家として活躍した。「中村仲蔵」や「浜野矩随(のりゆき)」などの人情噺(ばなし)を得意とする一方、「短命」「町内の若い衆」などのこっけい噺にも独自の色気を漂わせた。

 1966年の第1回放送から出演した「笑点」では、「星の王子さま」などのキャッチフレーズが流行して一躍、全国区の人気者になった。三波伸介の急死を受けて83年に司会者に。演芸番組がテレビから消えていく中で、2006年5月に勇退するまで、四半世紀近くにわたってこの老舗番組を引っ張った。

         ◇

 三遊亭円楽さんの死去を受け、日本テレビは1日午後4時55分から緊急追悼特番を放送(関東地方のみ)。8日の「笑点」でも追悼企画を放送する。

 また、NHKは8日午後1時35分から特別番組を放送する。10日午後2時から教育テレビで放送の「日本の話芸」も円楽さんの演目に差し替える。

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